ははおやさばき

文(ぶん):野呂(のろ) 昶(さかん)
制作(せいさく):立命館(りつめいかん)大学(だいがく)DAISY研究(けんきゅう)会(かい)




あつい 日(ひ)が つづいて いました。
空(そら)は くも一(ひと)つなく すみわたり、太(たい)ようが ギラギラ かがやいています。
川(かわ)ぞいの みちを、子(こ)どもを せおった わかい ははおやが あるいていました。
川(かわ)の あさせで、子(こ)どもたちが、水(みず)あびを しているところまで くると、
せおっていた 子(こ)どもを 下(お)ろして、水(みず)あびを させはじめました。
一(いっ)さいと すこしぐらいの 男(おとこ)の子(こ)で した。

すんだ つめたい 水(みず)の 中(なか)で、きゃっきゃっと よろこびの こえを あげました。
やがて、水(みず)あびを おえると、土手(どて)の 草(くさ)の 上(うえ)に つれてきました。
すると 男(おとこ)の 子(こ)は、そのまま ねむってしまいました。

わかい ははおやは、それを 見(み)とどけると、川(かわ)へ 下(お)りていって、こんどは、じぶんの 水(みず)あびを はじめました。
かみの毛(け)を あらったり、からだを あらったり、気(き)もちよさそうに、かたまで 水(みず)に つかったりして いました。

そのとき、ちかくを とおりかかった、目(め)の きつい 女(おんな)が、足(あし)を とめました。
「おや、こんな ところに、子(こ)どもが ねている。」
そして、あたりを 見(み)まわしました。
「この 子(こ)なら、たかく うれるに ちがいない。」
女(おんな)は、ゆっくりと ちかづくと、男(おとこ)の 子(こ)を そっと だきあげました。
それから はしるように あるきだしました。
男(おとこ)の 子(こ)は、目(め)を さますと、びっくりして、なきだしました。

そのこえで、わかい ははおやは、いそいで 川(かわ)から あがると、女(おんな)を おいかけました。
「だれか、その人(ひと)を つかまえてください。子(こ)とり女(おんな)です!」
ははおやは、女(おんな)に おいつくと、子(こ)どもを うばいかえそうと しました。

すると、女(おんな)は、きゅうに 立(た)ちどまり、にらみつける ようにして、いいました。
「これは わたしの 子(こ)です。へんな いいがかりを つけないでください。」
それから、二(ふた)人(り)は「かえせ」「かえさない」と いいあいを はじめましたが、
まわりの 人(ひと)には、どちらが ほんとうの ははおやなのか、わかりません。

子(こ)どもは、ただ 「わんわん」と ないています。

ちょうど、そのとき、マホサダじいさんが とおりかかりました。
じいさんは、どんな ことも よく しっていて、この あたりの 人(ひと)びと、みんなから、うやまわれていました。
みんなは、
「どちらが ほんとうの ははおやか、さばいてください。」
と たのみました。
マホサダじいさんは、二(ふた)人(り)の はなしを よく きくと、
「よしよし、それでは・・・。」
と、もっていた つえで、じめんに 一(いっ)ぽんの せんを ひきました。

そして、男(おとこ)の 子(こ)を せんの 上(うえ)に たたせると、いいました。
「いいかな。わしの あいずで、この 子(こ)の 手(て)を りょうほうから、ひっぱりなさい。
どちらか ひっぱりよせた ほうが、ほんとうの ははおやだ。」
わかい ははおやは、
「そんな ことは できません。」
と いいました。
「いや、ひっぱるんだ!」
じいさんは、きびしく いいました。
「一(いち)・二(にい)・三(さん)・はい!」
二(ふた)人(り)は、男(おとこ)の 子(こ)の 手(て)を ひっぱりました。

わっと、なきこえが あがりました。
わかい ははおやは、おもわず 手(て)を はなしました。
このまま ひっぱれば、手(て)が ちぎれてしまいます。
男(おとこ)の 子(こ)を 引(ひ)きよせた 女(おんな)は、とくいそうに いいました。
「どうだい、わたしが ほんとうの ははおやだと いうことが、わかったかい。」
そのとき、
「ちょっと、まった!」
と じいさんは いいました。
「さあ、みんな、この子(こ)の ほんとうの ははおやは、どちらだね?」
「手(て)を はなした ほうこそ、ほんとうの ははおやです!」
みんなは、口(くち)ぐちに いいました。
「うん、その とおりだ!!」
マホサダじいさんは、にこやかに、うなずきました。

出典(しゅってん) バンチヤタントラ