文:野呂 昶
制作:立命館大学DAISY研究会
あたたかい はるの ひざしが、おしろの 王さまの へやに さしこんで きます。
おうさまは、かきものの てを やすめると、ふらりと にわに 下りて いきました。
いろとりどりの 花が、さきみだれて います。
ていえんの かかりの 人たちが、あちこちで、そうじを したり、草を ぬいたりして、はたらいて いました。
そのうちの 一人に、王さまは、そっと たのんで、きている ふくを かりました。
土と あせに よごれた、そまつな ふくでした。
それを きると、王さまは、たった 一人で おしろの もんの そとへ 出て いきました。
なんだか、みが かるくなった 気もちでした。
みちを いく 人びとも、それが 王さまで あることに、だれも 気づきません。
王さまは、ぶらぶら まちをあるいて、ある くつやの まえで 足を とめました。

「おい、じいさん、このよで 一ばん らくを しているのは、だれ じゃろうな?」
「そりゃ、王さまに きまっとる わい。」
くつやが こたえました。
「どうしてだ?」
「大きな おしろに すんで、ほしいものは、なんでも 手に 入るし、
しごとは みんな、けらいが してくれるし、なんにも することは いらん。
こんな らくな しょうばいは、ほかに ないよ」
「そうか、王さまは、そんなに らくな しょうばいか。」
王さまは、かんしんした ようすで いうと、こしに つるした さけの ふくろを とって、
「まあ、一ぱいやろう じゃないか。」
と、すすめました。
「こりゃ、うまい。こんな うまい さけは、はじめてだ。」
「えんりょなく のんでくれ。ぜんぶでも いい。」
「そりゃ、すまんな。」
くつやは、うまそうに、ごくごく のみました。
上とうで、それに つよい さけでした。
くつやは しばらく すると、すっかりと よっぱらって、ねこんで しまいました。
くつやの じいさんが 目を さましたのは、おしろの ごてんの 中でした。
いつの まにか、あたまには かんむりを かむり、りっぱな ふくを きていました。
うつくしい 女の 人が、そばに きて、ひざまづいて いいました。
「王さま、おめざめに なりましたか。さっきから、となりの へやで 大じんたちが まっております。」
じいさんは、なにが なんだか わからないまま、
となりの へやへ、つれて いかれ、りっぱな いすに こしを かけました。
大じんたちが、つぎつぎ やってきて、なにか むずかしいことを いいます。
「これで よろしゅう ございますか?」
「ああ、よい、よい。」
じいさんは こたえました。
なにも わからないので、そう いう しかなかった のです。
しごとは、あさから ばんまで つづきました。
じいさんは、すっかり つかれきって しまいました。
やがて、めしつかいが、おさけを もって やって きました。
「おつかれでしょう。おのみください。」
「それは ありがたい。」
じいさんは、ほっとして、おさけを ビンの まま、ごくごく のみました。
それから、ぐっすり ねこんで しまいました。
じいさんが つぎに 目を さましたのは、じぶんの 小さな みせさきでした。
じいさんは、ふしぎそうに 見まわすと、
「いや、わしは どうやら、ゆめを 見ていた ようじゃ。
それにしても、わしは 王さまでなくて、よかった。
あんな きゅうくつな くらしは、こりごりじゃ。この しごとが 一ばん いい。」
しみじみと いいました。

出典 六度集経