楠山（くすやま）正雄（まさお）

楠山（くすやま）正雄（まさお）に よる 収録（しゅうろく）作品（さくひん）に、Rits DAISYが 現代（げんだい）版（ばん）として 改作（かいさく）を 加（くわ）えました。

１

むかし、むかし、ある ところに おじいさんと おばあさんが いました。

子（こ）どもが いないので、おじいさんは すずめの 子（こ）を 一（いち）わ、
だいじにして、かごに 入（い）れて かっていました。

ある日（ひ）、おじいさんは いつもの ように 山（やま）へ しばかりに いって、

おばあさんは いどの そばで せんたくを していました。

その せんたくに つかう のりを おばあさんが だいどころへ わすれていった あいだに、

すずめの 子（こ）が ちょろちょろ かごから あるき出（だ）して、のりを のこらず なめて しまいました。

おばあさんは のりを とりにかえってきますと、おさらの 中（なか）には きれいに のりが ありませんでした。

その のりは みんな すずめが なめてしまった ことが わかると、

いじわるな おばあさんは たいへん おこって、かわいそうに、
小（ちい）さな すずめを つかまえて、むりやり 口（くち）を あけながら、

「この したが そんな わるさを したのか。」
と いって、はさみで したを ちょんぎって しまいました。

そして、
「さあ、どこへでも 出（で）ていけ。」
と いって はなしました。

すずめは かなしそうな こえで、「いたい、いたい。」と なきながら、とんで いきました。

夕（ゆう）がたに なって、おじいさんは しばを せおって、山（やま）から かえってきて、

「ああ くたびれた。すずめも おなかが すいただろう。さあさあ、えさを やりましょう。」

と いい、かごの まえへ いって みますと、中（なか）には すずめは いませんでした。

おじいさんは おどろいて、
「おばあさん、おばあさん、すずめは どこへ いったんだろう。」

と いいますと、おばあさんは、

「すずめですか？ あれは わたしの だいじな のりを なめたから、

したを きって おい出（だ）して しまいましたよ。」

と へいきな かおをして いいました。

「まあ、かわいそうに。ひどい ことを するなあ。」

と おじいさんは いって、がっかりした かおを していました。

おじいさんは、すずめが したを きられて どこへ いったか しんぱいで たまりませんので、
あくる日（ひ）、よが あけると さっそく 出（で）かけて いきました。

おじいさんは みちみち、つえを ついて、

「したきりすずめ、おやどは どこだ？ チュン、チュン、チュン。」

と よびながら、あてもなく たずねて あるきました。

のを こえて、山（やま）を こえて、また のを こえて、山（やま）を こえて、

大（おお）きな やぶの ある ところへ 出（で）ました。

すると やぶの 中（なか）から、

「したきりすずめ、おやどは ここよ。チュン、チュン、チュン。」
と いう こえが きこえました。

おじいさんは よろこんで、こえの する ほうへ あるいていきますと、
やがて やぶの かげに かわいらしい 赤（あか）い おうちが 見（み）えて、

したを きられた すずめが もんを あけて、むかえに 出（で）ていました。

「まあ、おじいさん、よく いらっしゃいました。」

「おお、おお、ぶじで いたかい。

あんまり おまえが こいしいので、たずねて きましたよ。」

「まあ、それは それは、ありがとうございました。さあ、どうぞ こちらへ。」

こう いって すずめは おじいさんの 手（て）を とって、うちの 中（なか）へ あんないしました。

すずめは おじいさんの まえに 手（て）をついて、

「おじいさん、だまって だいじな のりを なめて、もうしわけございませんでした。

それを おこりも なさらずに、ようこそ たずねて 下（くだ）さいました。」

と いいますと、おじいさんも、

「いいや、わたしが いなかったばかりに、とんだ かわいそうな ことを しました。

でも こうして また あえたので、ほんとうに うれしいよ。」

と いいました。

すずめは きょうだいや おともだちの すずめを のこらず あつめて、
おじいさんの すきな ものを たくさん ごちそうして、

おもしろい うたに あわせて、みんなで すずめおどりを おどって 見（み）せました。

おじいさんは たいそう よろこんで、うちへ かえるのも わすれていました。

そのうちに だんだん くらく なってきた ものですから、おじいさんは、

「きょうは おかげで 一日（いちにち） おもしろかった。日（ひ）の くれないうちに、どれ、おいとまと しましょう。」

と いって、たちかけました。

すずめは、
「まあ、こんな むさくるしい ところ ですけれど、こんやは ここへ とまってください。」

と いって、みんなで ひきとめました。

「せっかくだが、おばあさんも まっているだろうから、きょうは かえることに しましょう。
また たびたび きますよ。」

「それは ざんねんで ございますこと。

では、 おみやげを さし上（あ）げますから、しばらく おまち下（くだ）さい。」

と いって、すずめは おくから つづらを 二（ふた）つ もってきました。

そして、
「おじいさん、おもい つづらに、かるい つづらです。どちらでも すきな ほうを おもち下（くだ）さい。」
と いいました。

「どうも ごちそうに なったうえに、おみやげまで もらっては すまないが、
せっかくだから もらって かえりましょう。

だが わたしは 年（とし）を とっているし、みちも とおいから、かるい ほうを もらっていく ことにしますよ。」

こう いって おじいさんは、かるい つづらを せおわせてもらって、

「じゃあ、さようなら。また きますよ。」

「おまちもうしております。どうか 気（き）をつけて おかえり下（くだ）さい。」

と いって、すずめは もんの ところまで おじいさんを 見（み）おくりました。

日（ひ）が くれても おじいさんが なかなか もどらないので、おばあさんは、

「どこへ 出（で）かけたのだろう。」
と ぶつぶつ いっている ところへ、

おみやげの つづらを せおって、おじいさんが かえって きました。

「おじいさん、いままで どこで なにを していたんですか？」

「まあ、そんなに おこらないで おくれよ。

きょうは すずめの おやどへ たずねて いって、たくさん ごちそうに なったり、
すずめおどりを 見（み）せて もらったり したうえに、この とおり りっぱな おみやげを もらって きたのだよ。」

こう いって つづらを 下（お）ろすと、おばあさんは きゅうに にこにこしながら、

「まあ、それは よかったですねえ。いったい なにが 入（はい）っている のでしょう。」

と いって、さっそく つづらの ふたを あけますと、

中（なか）から 目（め）の さめるような 金（きん）ぎん さんごや、ほうじゅの 玉（たま）が 出（で）てきました。

それを 見（み）ると おじいさんは、とくいげな かおを して いいました。

「なにね。すずめは おもい つづらと かるい つづらと 二（ふた）つ 出（だ）して、どちらが いいと いうから、

わたしは 年（とし）は とっているし、みちも とおいから、かるい つづらに しようと いって もらって きたのだが、

こんなに いい ものが 入（はい）っているとは おもわなかった。」

すると おばあさんは きゅうに また きげんが わるくなって、

「ばかな、 おじいさん。なぜ おもい ほうを もらって こなかったのですか？

その ほうが きっと たくさん、いい ものが 入（はい）っていたでしょうに。」

「まあ、そう よくばるものでは ないよ。これだけ いい ものが 入（はい）っていれば、十（じゅう）ぶんでは ないか。」

「どうして 十（じゅう）ぶんな もの ですか。よしよし、これから いって、

わたしが おもい つづらの ほうも もらってきます。」

と いって、おじいさんが とめるのも きかず、あくる日（ひ）の あさに なるまで またないで、

すぐに うちを とび出（だ）しました。

もう そとは まっくらに なっていましたが、おばあさんは よくばった 一（いっ）しんで むちゃくちゃに つえを つきながら、

「したきりすずめ、おやどは どこだ？ チュン、チュン、チュン。」
と いい たずねて いきました。

のを こえ、山（やま）を こえて、また のを こえて、山（やま）を こえて、

大（おお）きな たけやぶの ある ところへ きますと、やぶの 中（なか）から、

「したきりすずめ、おやどは ここよ。チュン、チュン、チュン。」
と いう こえが しました。

おばあさんは「しめた!」と おもって、こえの する ほうへ あるいて いきますと、

したを きられた すずめが こんども もんを あけて 出（で）てきました。

そして やさしく、
「まあ、おばあさんでしたか。よく いらっしゃいました。」

と いって、うちの 中（なか）へ あんないを しました。

そして、
「さあ、どうぞ お上（あ）がりくださいまし。」

と おばあさんの 手（て）を とって おざしきへ 上（あ）げようと しましたが、

おばあさんは あたりを きょろきょろ 見（み）まわしてばかりいて、おちついて すわろうとも しませんでした。

「いいえ、おまえさんの ぶじな かおを 見（み）れば それで ようは すんだのだから、

わたしの ことは もう 気（き）に しないでおくれ。それより はやく おみやげを もらって、おいとま しましょう。」

いきなり おみやげの さいそくを されたので、すずめは まあ よくの ふかい おばあさんだと あきれて しまいましたが、

おばあさんは へいきな かおで、
「さあ、はやく してくださいよ。」

と、じれったそうに いうものですから、

「はい、はい、それでは しばらく おまちくださいまし。いまおみやげを もってまいりますから。」

と いって、おくから つづらを 二（ふた）つ 出（だ）してきました。

「さあ、それでは おもい ほうと かるい ほうと 二（ふた）つ ありますから、どちらでも すきな ほうを おもちください。」

「それは もちろん、おもい ほうを もらって いきますよ。」

と いうなり おばあさんは、おもい つづらを せ中（なか）に せおって あいさつも そこそこに 出（で）ていきました。

おばあさんは おもい つづらを うまい ぐあいに もらったものの、

おもい つづらを せおって あるいて いく うちに どんどん、どんどん おもくなって、

さすがに いじっばりな おばあさんも、もう かたが ぬけて こしの ほねが おれそうに なりました。

それでも、
「おもい だけに たからが たくさん 入（はい）っているのだから、ほんとうに たのしみだ。

いったい どんな ものが 入（はい）っているのだろう。

ここらで ちょっと 一休（ひとやす）みして、ためしに すこし あけてみよう。」

こう ひとりごとを いいながら、みちばたの 石（いし）の 上（うえ）に

「どっこいしょ。」
と こしを かけて、つづらを 下（お）ろして、いそいで ふたを あけてみました。

すると どうでしょう、中（なか）には、目（め）の くらむような

金（きん）ぎん さんごが 入（はい）っていると おもいのほか、三（み）つ目（め）小（こ）ぞうだの、一（ひと）つ目（め）小（こ）ぞうだの、がまにゅうどうだの、
いろいろな おばけが にょろにょろ、にょろにょろ とび出（だ）して、
「この よくばり ばばあめ。」

と いいながら、こわい 目（め）を して にらめつけるやら、気（き）みの わるいしたを 出（だ）して

かおを なめるやら するので もう おばあさんは 生（い）きた ここちは しませんでした。

「たいへんだ。たいへんだ。たすけてくれ。」

と おばあさんは 金（かな）きりごえを 上（あ）げて、一生（いっしょう）けんめいにげ出（だ）しました。

そして やっとのことで、はんぶんしんだように まっ青（さお）に なって、

うちの 中（なか）に かけこみますと、おじいさんは びっくりして、

「どうした？　どうした？」
と いいました。

おばあさんは こんな 目（め）に あったと はなして、
「ああもう、こりごりだ。」
と いいますと、
おじいさんは 気（き）のどくそうに、
「やれやれ、それは ひどい 目（め）に あったな。だから あんまり おもいやりの ないことを したり、
あんまり よくばったりする ものでは ない。」
と いいました。

おしまい。

つづら・・・・・・・・・・つるや たけなどで あんだ、いふくなどを 入（い）れるための かご。

さんご・・・・・・・・・・うみで とれる ほう石（せき）の 一（いっ）しゅ。

ほうじゅの玉（たま）・・・・・・・・・ぶっきょうにおいて、どんな ねがいごとでも かなえてくれるという 玉（たま）の こと。

ざしき・・・・・・・・・・ たたみを しきつめた へや。

三（み）つ目（め）小（こ）ぞう・・・・・・・・ 目（め）が 三（みっ）つ あるという ばけもの。

一（ひと）つ目（め）小（こ）ぞう・・・・・・・・ 目（め）が 一（ひと）つ しかない ばけもの。

がまにゅうどう・・・・・・・・・ かえるの かおを した ほうずあたまの ばけもの。

金（かな）きりごえ・・・・・・・・・・金（きん）ぞくを きる おとの ような、ほそく かんだかい こえ。