はねの水(みず)

文(ぶん): 野呂(のろ) 昶(さかん)

制作(せいさく): 立命館(りつめいかん)大学(だいがく)DAISY研究(けんきゅう)会(かい)




あぼし山(やま)の ふもとに、いちめんの ぞう木林(きばやし)が ひろがっていました。

そこには、 たくさんの どうぶつたちが、 なかよく くらしていました。

ある ときのこと、 ぞう木林(きばやし)に あらしが おそい、木(き)と 木(き)が すれあって、 火(ひ)が 出(で)ました。

火(ひ)は かぜに あおられて、 みるみる ひろがりました。

ゴーゴーと うずを まいて、 もえさかる ほのおの下(した)で、

どうぶつたちは、 にげまどい、つぎつぎ いのちを おとしていきました。

このぞう木林(きばやし)に、 一(いち)わの ハトが すんでいました。

ハトは、 火(か)じに 気(き)がつくと、

だれよりも はやく 空(そら)に まいあがりました。

「たすかった。よかった。」


でも、 そのまま にげさる ことは、 どうしても できませんでした。

このままでは、 みんな やけしんでしまう、 なんとか たすけたい。

ハトの むねは、 はやがねの ように なっていました。

「そうだ。」




ハトは、 おもわず 大(おお)ごえを あげると、やの ように とびたっていきました。

ふもとに 小(ちい)さな いけが ありました。


ハトは そこに とびこむと、 はねに 水(みず)を ふくませ、

いそいで もえさかる ぞう木林(きばやし)の 上(うえ)に、 とびました。

そして、 はねを ふるって、 水(みず)の しずくを ふりかけると、

すぐ また、 いけへ ひきかえしました。

なんども、なんども、ハトは、 しにものぐるいで、

いけと ぞう木林(きばやし)の あいだを、 おうふくしました。

はねに ふくませて はこべる 水(みず)など、 わずかです。

でも、 たとえ わずかでも、 火(ひ)を けす 力(ちから)に なるかも しれません。

ハトの 目(め)は、 ちばしり、 はねは つかれ、

もう どこを とんでいるのかさえ、わからなくなりました。

ただ、 こころだけが、 はやく はやくと せきたてていました。

ハトは ついに つかれきって、 草(くさ)むらに おちてしまいました。

もう どんなにしても、 はねは びくとも うごきませんでした。

その とき、 ゆめ とも うつつ とも しれない、

ぼんやりとした あたまの 中(なか)に、すきとおった やさしい こえが きこえてきました。

「おまえの はこんだ あの わずかな 水(みず)ぐらいで、火(か)じを けせると おもったのかね。」

「いいえ。」

ハトは、 いいました。

「それは、 わたしには わかりません。

でも、 みんなが しんでしまうと おもうと、そうするしか なかったのです。」

目(め)には 見(み)えませんが その こえは、なんだか うなずいたように、 ハトには おもえました。


その ときです。

きゅうに 空(そら)いちめん、くろぐもが わきおこったかと おもうと、

はげしい 雨(あめ)が、 ザーザーと、ふりはじめました。

その 雨(あめ)で、火(か)じは 見(み)るまに、 きえてしまいました。

ハトが ふと 気(き)が つくと、

雨(あめ)は すっかり あがって、 青空(あおぞら)が ひろがっていました。

(さっき、 わたしに こえを かけた かたは、 いったい だれだろう)

ハトは おもいました。

(いつも わたしを 見(み)まもってくださっている あの かたに ちがいない)





出典(しゅってん) 旧(きゅう)雑(ぞう)譬(ひ)喩(ゆ)経(きょう)