文:野呂 昶
制作:立命館大学DAISY研究会

森に かこまれた うつくしいみずうみが ありました。
みずうみの ほとりに、一わの くじゃくが、すんでいました。
くじゃくには、どうした ことか、口が 二つ ありました。
あるとき、くじゃくは 水べを あるいていて、くだものが なみに うちよせられて、
ただよっているのを 見つけました。
くじゃくは、くだものを ひろいあげると、一口たべて みました。
いいかおりと ともに、なんとも いえない あまみが、口の 中いっぱいに ひろがりました。
くじゃくは、おもわず 目を ほそめて いいました。
「ぼくは、これまで、いろんな くだものを、たべてきたが、こんなに おいしいのは、はじめてだ。」

すると、そのようすを 見ていた、もう 一つの 口が いいました。
「そんなに おいしいものなら、ぼくにも 一口、たべさせてくれないか。」
一つめの 口が、わらいながら いいました。
「わざわざ きみが たべなくても、ぼくが たべてあげるから いいよ。
ぼくたちも、口は 二つだが、おなかは 一つだからね。」
「それは、そうだけど、ぼくも 一口、たべて みたいんだ。」
「だめだね。」
一つめの 口は、つめたく いいました。

「まえから いおうと おもっていたんだが、一つの からだに、二つの 口なんて おかしいよ。
一つあれば、じゅうぶんだ。
これからは、ぼくが たべる やくめを して、きみには 休んでいて もらおうと おもうんだ。」
きの よわい 二つめの 口は、なみだを ぽろぽろ ながして いいました。
「それじゃあ、ぼくは なにも たべては、いけないんだね。
たべる やくめの なくなった 口なんて、いらないのと いっしょだね。
ぼくは、もう、どくを のんで しのう。」

「ちょっと、まってくれよ。」
一つめの 口が、あわてて いいました。
「きみが どくを のめば、ぼくまで しんで しまう じゃないか。
おなかが いっしょ なんだから。
きみは しななくて いいんだ。
ただ、じっと しておれば、ぼくが 口の つとめは ぜんぶ してあげるよ。」

二つめの 口は、ますます かなしそうに、いいました。
「ぼくだって、きみと おなじ 口なんだ。
きみと おなじことが したいんだ。
それが できないなら しんだほうが ましだよ」
「いやいや、まってくれ。」
一つめの 口が あわてて いいました。

「かんがえてみると、ぼくが わるかった。 あやまるよ。
ぼくだけ、いい おもいを しようと したのが、いけなかったのだ。
ぼくと きみとは、べつべつだけど、二人で 一人の やくわりを するのが、ただしいのだ。
さあ、ぼくの くだものを たべてくれ。
いや、ぼくらの くだものを、いっしょに たべよう。」
二つの 口は、やっと なかなおりを しました。

そして、それからは、どんなものでも、はんぶんずつ、わけあって たべるように なりました。

出典 パンチヤタントラ