文:野呂 昶
制作:立命館大学DAISY研究会

おおぜいの なかまを したがえた、ライオンの 王さまが、いばって 草げんを あるいていました。
りっぱな たてがみ、らんらんと 金いろに ひかる 目、それに おそろしい うなりごえ、
草げんの けものたちは、とおくから そのすがたを 見ただけで、ふるえ あがりました。

なかまの ライオンたちも、みんな あたまを 下げ、おずおずと あるいていました。
王さまは、おそろしく らんぼうで、すこしでも さからえば、なぐりたおされて しまうのでした。
ライオンの 王さまは、おかの 上に のぼっていきました。

そこには、むかし、人が すんでいて、いまは だれも いない いえが ありました。
なかまの 一ぴきが、
「王さま、気を つけてください。あの いえに ちかよると、なにか いやなことが おこりそうです。」
と いいました。

「わしは せかい一の 力もちだ。わしに まさるものが いると おもうのか、ばかめ。」
王さまは、ぎょろりと 目を むきました。
ところが、その ときでした。

草に かくれた のいどに、王さまは 足を ふみ入れ、
あっと いう まに、ふかい あなの 中に おちて しまいました。
「ドブン」と おとが して、中から 「たすけてくれ」と いう こえが、きこえてきました。
みんな、おそるおそる いどを のぞきました。
いどは ふかくて、王さまの すがたは 見えません。
「なにを ぐずぐずしている。はやく たすけに こないか。」
どなり こえだけが、がんがん ひびいていました。
「なにを している。はやく せんか。」
なかまたちは、どうすることも できず、ただ かおを 見つめあう ばかりでした。
「はやく しないと、かえったら いたいめに あわすぞ。」

やがて、なかまたちは いいました。
「王さま、いどが ふかくて、どう することも できません。ごめんなさい。」
そして、そこから さって いって しまいました。
「おーい。わしを 見すてる 気か。
たのむ、たすけてくれ。どんな おれいでも する。見捨てないで くれ。」
王さまライオンは、さけびました。
でも、いどの 上は、シーンとして、なんの ものおとも しませんでした。
やがて 王さまは、わんわん なき出しました。
いどの 水は つめたく、からだが しびれて きました。
「ああ、しにたくない。だれか たすけてくれ。」

その ときで した。
かすかに 水の ながれる おとが して、それは だんだん ちかくなり、いどの 中に そそぎ はじめました。
ながれこむ 水かさは、しだいに おおく なりました。
王さまライオンは、ひっしに およぎながら からだが だんだん 上のほうへ、おしあげられて いくのを、おぼえました。
やがて、いどが 水で いっぱいに なると、ライオンの からだは、草げんへ おし出されました。

ふと。まえを 見ると、小さな きつねが すわっていました。
「おまえか、わしを たすけてくれたのは。」
ライオンは いいました。
「そうです。あなたの こえを きいて、たすけないでは いられませんでした。
それで 川の 水を ここまで ひいて きたのです。」

「ありがとう。いつもいじめている わしを、よくも たすけてくれた。おれいは いくらでも する。」
「いや、なにも いりません。あたりまえの ことを しただけですから。」
きつねは、そう いうと、あっと いう まに、はしりさって、見えなくなりました。
出典 根本説一切有部