文:野呂昶
制作:立命館大学DAISY研究会

ヒマラヤの 山の 中から、一とうの ぞうが、むら人たちに よって、王さまの ごてんへ つれて こられました。
からだは ゆきのように 白く、目は ルビーのように すんで、あるく すがたは、ゆったりとして、
なにか こうごうしいほどの うつくしさでした。
「なんと よい ぞうだ。よく つれて きてくれた。」
王さまは、よろこんで、むら人たちに、たくさんの ほうびを、わたしました。
(このぞうに のって、町の中を あるいたら、人びとは どんなに わしを、ほめたたえるだろう。)
さっそく、王さまは ぞうつかいを よんで、
「わしが のるのに、ふさわしい ぞうに、しこんでくれ。」
と いいわたしました。

ぞうつかいは、いろんなことを おしえました。
人げんの ことばや、あるきかた、すわりかた、きょくげいなど。
ぞうは、それらを すぐ おぼえました。
おぼえるというよりも、はじめから しっているかのよう でした。
ぞうつかいは、その ぞうが 大すきになり、じぶんの 子どもの ように、かわいがりました。

まつりの 日が きました。
王さまは、この日を まっていました。
とびっきり 上とうの ふくを きて、ぞうの 上に のりました。
町は、いろとりどりの 花で かざられ、のぼりが たって、人びとが おしろの ひろばに あつまってきました。
王さまは、たくさんの けらいを つれて、その中に ぞうを すすめました。
「おおー!」
という、おどろきの こえが あがりました。
「なんと 気だかい すがたの ぞうだ。」
「あの からだを 見ろ、ヒマラヤの 山より 白いぞ!」

「かみさまが おのりに なるような ぞうのようだ!」
人びとが ほめるのは ぞうばかりで、王さまを ほめるものは、だれ 一人 いません。
王さまは、だんだん、ふきげんに なって きました。

「ぞうつかい、こやつを 町はずれの、山の がけへ つれていけ!」
「どうして ですか?」
「どうも こうもない。はやく つれていけ!」
王さまは、どなるように いいました。
がけの 上に くると、王さまは ぞうつかいに、
「その がけに、二本足で たたせてみろ。」
と いいました。
ぞうつかいは、ぞうの せ中に またがると、
「すまないな。気を つけてやってくれ。」
そっと いいました。
ぞうは 二本足で たちました。

「こんどは、二本の まえ足で たってみろ。」
ぞうは、うしろ足を 上げて、まえ足だけで たちました。
王さまは、おこって、どなりました。
「一本足で たて!」
「そんな ことは、させられません。」
ぞうつかいは いいました。
「たたせるんだ!」
すると、ぞうは、三本の 足を 上げて、一本足で たちました。

「うむ、それなら、こんどは 空の 上で たて!」
「ああ、王さまは、おまえを ころそうと している。
もう いいから、ここを にげだそう。」
ぞうつかいは、ぞうの 耳に 口を よせて、いいました。
ところが ぞうは、そのまま 空に とび上り、空の 上を、ゆっくりと あるきだしました。

「おおー!!!」
ぞうの うしろに、ついてきた 人びとは、こえを あげました。
「やはり、かみさまの ぞうだった。」
「なんと こうごうしい すがただ!」
ぞうは、いつしか 白い ひかりの わの 中に、つつまれていました。
そして、ぞうつかいを のせたまま、とおくに 見える、ヒマラヤに むけて、あるいていきました。
王さまは、口を あけて、ぽかんと、それを ながめ つづけて いました。

出典 南伝大蔵経