ディヴァダッタ

文(ぶん):野呂(のろ) 昶(さかん) 制作(せいさく):立命館(りつめいかん)大学(だいがく)DAISY研究(けんきゅう)会(かい)




ある時(とき)、お釈迦(しゃか)さまが 風邪(かぜ)を ひかれました。



せきが ひどく、高(たか)い 熱(ねつ)が 三(みっ)日(か)も つづきました。
弟子(でし)の アナンは、急(いそ)いで 医者(いしゃ)を 呼(よ)びに 走(はし)りました。
医者(いしゃ)の ジィヴァカは、お釈迦(しゃか)さまの ようすを 見(み)ると、薬(くすり)を 作(つく)って 言(い)いました。
「これを 毎日(まいにち)、三(さん)十(じゅう)二(に)つぶ 飲(の)んで ください。」
お釈迦(しゃか)さまは、言(い)われた とおりに 飲(の)んで、三(みっ)日(か)後(ご)には 風邪(かぜ)が すっかり なおりました。

ディヴァダッタという、バラモンの お坊(ぼう)さんが いました。
いつも お釈迦(しゃか)さまを、目(め)の かたきに して、悪口(わるくち)ばかり 言(い)いふらして いました。
「あやつの 言(い)っている ことは、みんな うそだ。
今(いま)に しっぽを 出(だ)すに ちがいない。」



その ディヴァダッタが、ある時(とき)、病気(びょうき)に かかりました。
それで 名高(なだか)い 医者(いしゃ)の ジィヴァカを よびました。
ジィヴァカは、体(からだ)の ようすを 調(しら)べると、薬(くすり)を 作(つく)って 言(い)いました。
「これを 毎日(まいにち)、四(よん)つぶ ずつ 飲(の)んで ください。」
「あやつは、すぐ なおった そうだが、何(なん)つぶ 飲(の)んだのだ?」
「お釈迦(しゃか)さまは、三(さん)十(じゅう)二(に)つぶ です。」
「どうして わしは、少(すく)ないのだ。三(さん)十(じゅう)二(に)つぶ 飲(の)みたい。」
「いや、いけません。人(ひと)の体(からだ)は それぞれ ちがいます。
そんなに 飲(の)めば、かえって 体(からだ)を 悪(わる)くします。」
「いや、わしは どうしても、あやつに 負(ま)けたくないのだ。
だれが なんと いっても、三(さん)十(じゅう)二(に)つぶ 飲(の)むぞ。」

医者(いしゃ)の ジィヴァカは、あきれて、するがままに まかせました。
その夜(よる)、ディヴァダッタは、ころげ 回(まわ)って 苦(くる)しみました。
それに 高(たか)い 熱(ねつ)が 出(で)て、目(め)が つり上(あ)がり、今(いま)にも 死(し)にそうに なりました。

お釈迦(しゃか)さまは、それを 聞(き)くと、
「かわいそうに、なんとか 助(たす)けて あげてください。」
と 急(いそ)いで ディヴァダッタの 家(いえ)へ 向(む)かわれました。

ディヴァダッタは、苦(くる)しみの あまり 気(き)を うしなっていました。
お釈迦(しゃか)さまは、その 額(ひたい)に 手(て)を あてて、一(いち)時間(じかん)あまりも、目(め)を つむって、なにかを いのって おられました。
すると、不思議(ふしぎ)な ことに、だんだん 熱(ねつ)が ひき、苦(くる)しみも とれて、病気(びょうき)は どこかへ 消(き)えて しまいました。

すっかり なおった ディヴァダッタは、家(いえ)の 者(もの)から その ことを 聞(き)くと、にやりと 笑(わら)って 言(い)いました。
「やっと ボロを 出(だ)したな。坊(ぼう)さんの くせに、医者(いしゃ)の まねごとを しおって。」
そして、だれかれとなく、
「あいつは、いんちき 坊主(ぼうず)だ。にせものだ。」
と 言(い)いふらして、歩(ある)きました。

アナンは、それを 聞(き)くと、おこって、お釈迦(しゃか)さまに 言(い)いました。
「なんと なさけ 知(し)らずの 男(おとこ)でしょう。命(いのち)を 助(たす)けて もらった ことを 忘(わす)れて、悪口(わるくち)を 言(い)って 歩(ある)いています。」

すると、お釈迦(しゃか)さまは、にこやかに 言(い)われました。
「いやいや、かわいそうだが、しばらく ほって おくが いい。
そのうち、あの 人(ひと)の 言(い)った ことは、あの 人(ひと)に 返(かえ)ってくる。あの人(ひと)は 自分(じぶん)を いやしめて、歩(ある)いて いるのだよ。」

その後(あと)、お釈迦(しゃか)さまの 言(い)われた ことは、ほんとうに なりました。
ディヴァダッタの 言(い)う ことに、耳(みみ)を かたむける 人(ひと)は、だれも いなくなりました。



出典(しゅってん) 賢愚経(けんぐきょう)