はとの 王(おう)さま

文(ぶん):野呂(のろ) 昶(さかん)
制作(せいさく):立命館(りつめいかん)大学(だいがく)DAISY研究会(けんきゅうかい)



ある日(ひ)の こと、一人(ひとり)の りょうしが、網(あみ)を かついで 草原(そうげん)に やってきました。
りょうしは、さっそく、米(こめ)つぶを まき、網(あみ)を しかけました。
そして、近(ちか)くの 木(こ)かげで 体(からだ)を かくして 待(ま)っていました。

やがて、たくさんの はとの むれが、えさを さがしに やってきました。
はとの むれは、米(こめ)つぶを 見(み)つけると、おお急(いそ)ぎで 下(お)りて きました。
はとたちは、むちゅうに なって、米(こめ)つぶを 食(た)べました。
長(なが)い あいだ、食(た)べものに ありついて いなかったのです。

「こんなに おいしい米(こめ)つぶが、まとまって 落(お)ちている なんて、
今日(きょう)は なんと いい日(ひ)だ。」
はとたちは、話(はな)す あいだも おしんで、食(た)べ つづけました。
と、急(きゅう)に ザザザーという 大(おお)きな 音(おと)と いっしょに、上(うえ)から 網(あみ)が おちてきました。

あまりに、急(きゅう)な できごとで、
はとたちは、すっかり 網(あみ)の 中(なか)に つかまって しまいました。

「かかったぞ。」
近(ちか)くで、りょうしの 声(こえ)が しました。
そして、長(なが)い 棒(ぼう)を ふり上(あ)げながら 走(はし)ってきました。

それを 見(み)ると、はとの 王(おう)さまは、大声(おおごえ)で 言(い)いました。
「みんな、落(お)ちつくのだ。こんな 時(とき)ほど、落(お)ちついて、よく 考(かんが)えるのだ。」
網(あみ)の 中(なか)で もがいていた はとたちは、急(きゅう)に しずかに なりました。
「いいかね、みんな 力(ちから)を 合(あ)わせて、一度(いちど)に 飛(と)びあがるのだ。
ひとりでも こわがって、飛(と)び あがれない 者(もの)が いたら、
みんな つかまって しまう。いいね。」

りょうしの 足音(あしおと)が、すぐ 近(ちか)くまで せまって きました。
「さあ、みんな、飛(と)びあがれ。」
すごい 音(おと)が しました。
はとの 王(おう)さまの 声(こえ)に 合(あ)わせて、一(いち)羽(わ)一(いち)羽(わ)が 死(し)にものぐるいで、羽(はね)を 動(うご)かしたのです。



はとの むれは、網(あみ)を かついだまま、ぐんぐん 空高(そらたか)く 飛(と)びあがって いきました。
「おーい、待(ま)てー。」
りょうしは、大声(おおごえ)を あげて 追(お)いかけて きました。
けれど、はとたちは、みるみる 遠(とお)ざかり、やがて 見(み)えなくなりました。

まもなく、はとの むれは、網(あみ)を かついだまま、すみかに 帰(かえ)ってきました。
そして、となりに 住(す)む、ねずみを 大声(おおごえ)で よびました。

「ねずみさん、早(はや)く 出(で)てきて、わたしたちを 助(たす)けてください。」
ねずみは、はとの 王(おう)さまの 声(こえ)を 聞(き)くと、すぐ とびだして きました。
「いったい どうしたのです。」
「わけは、あとで 話(はな)します。
今(いま)にも わるい りょうしが 追(お)いかけて きます。
どうか 早(はや)く、網(あみ)を かみ切(き)って ください。」
「ええ。いいですとも。」
ねずみは、さっそく、王(おう)さまに かぶさっている 網(あみ)を、かじり はじめました。

「ちょっと、待(ま)って ください。
わたしは、いちばん あとに して、
どうか 先(さき)に、仲間(なかま)の はとたちを、助(たす)けて やってください。」
「なにを 言(い)うのです。
王(おう)さまを あとまわしに するなんて、それは できません。」
ねずみが おこったように 言(い)いました。

「いいえ。」
はとの 王(おう)さまは、言(い)いました。
「一番(いちばん)大切(たいせつ)なのは、仲間(なかま)の はとたちです。
大切(たいせつ)な はとたちを、一(いち)羽(わ)のこさず 助(たす)けだすのが わたしの 役目(やくめ)です。」

それを 聞(き)くと、ねずみは、すっかり 感心(かんしん)して、
王(おう)さまの はとの いうとおり、先(さき)に はとたちを 助(たす)け、
一番(いちばん)あとに、王(おう)さまの はとを 助(たす)けました。




出典(しゅってん) 雑譬喩経(ぞうひゆきょう)