二(ふた)つの穴(あな)

文(ぶん):野呂(のろ)昶(さかん)

制作(せいさく):立命館(りつめいかん)大学(だいがく)DAISY研究(けんきゅう)会(かい)






おじいさんは、はたらくのが 大(だい)好(す)きでした。

朝(あさ)早(はや)くから 夜(よる)おそくまで はたらくので、おじいさんの 畑(はたけ)の作物(さくもつ)は、どこよりも よく 実(みの)りました。

ところが、できた 作物(さくもつ)の ほとんどを、貧(まず)しい人(ひと)たちに あげてしまいました。

それで 家(いえ)は いつも 貧乏(びんぼう)でした。

むすこ夫婦(ふうふ)は、それが 不満(ふまん)で なりませんでした。

ある時(とき)、おじいさんは、重(おも)い病気(びょうき)に かかり 寝(ね)たきりに なってしまいました。

むすこの お嫁(よめ)さんは、

「ほら、みたことか、いいきみさ。」

と 言(い)って、世話(せわ)も ろくに しませんでした。

それ ばかりか、食事(しょくじ)も おしんで 与(あた)えず、おじいさんは、骨(ほね)と 皮(かわ)ばかりに やせてしまいました。

そして、部屋(へや)に 入(はい)るたびに、

「くさい、くさい。」

と 言(い)って、顔(かお)を しかめました。

おじいさんは、

「すまない。すまない。」

と あやまりました。

おじいさんには、ムスカと コミアという 孫(まご)が いました。

二(ふた)人(り)は、おじいさんが、かわいそうで なりませんでした。

それで、母(かあ)親(おや)の すきを みては、マンゴーや イチジクの 実(み)を 取(と)ってきて、食(た)べさせました。

おじいさんは、声(こえ)を しのんで 泣(な)きました。

ある夜(よる)、ムスカが ふと 目(め)を さますと、となりの 部屋(へや)から、お母(かあ)さんと お父(とう)さんの ひそひそ話(ばなし)が 聞(き)こえてきました。

「早(はや)く くたばれば いいのに。

いつまで 生(い)きるつもり だろうね。

わたしは、もう いっしょに くらすのは、いやだよ。」

「そんなこと 言(い)っても、おまえ。」

「いっそ、ころして しまっては どうだい。」

「おそろしい。親(おや)ごろしは、しばり首(くび)だぞ。」

「だれにも わからない ように するのさ。

明日(あす)の 夜(よる)にでも、墓(はか)へ いって 穴(あな)を ほり、じいさんを 投(な)げこんでしまうのさ。

そして、村(むら)に 帰(かえ)ってきて、じいさんが 家(いえ)を 出(で)て いなくなったと、おおさわぎする。」

「うまく いくかな。」

「いくさ。山(やま)は 深(ふか)いし、みんなに 山奥(やまおく)へ まよいこんだように 思(おも)わせれば、いいんだよ。

いいね、明日(あす)の 夜(よる)だよ。」

ムスカは、(これは 大変(たいへん)な ことになった。なんとか しなければ。)と 思(おも)いました。

その夜(よる)は、あれこれ 考(かんが)え ねむれませんでした。

朝(あさ)に なると、さっそく、弟(おとうと)の コミアに、ゆうべの 両親(りょうしん)が かわしていた 話(はなし)を しました。

コミアは、びっくりして、

「おじいさんを 助(たす)けなきゃあ。」

と 言(い)いました。

その夜(よる) おそく、むすこ 夫婦(ふうふ)は、鍬(くわ)を かついで、墓場(はかば)へ 出(で)かけていきました。

星(ほし)明(あか)りを たよりに、できるだけ 目(め)だたない ところに、深(ふか)い穴(あな)を ほりました。

やっと ほり終(お)わって、ほっと している ところに、ムスカと コミアが 鍬(くわ)を かついで、あらわれました。

夫婦(ふうふ)は、おどろいて、

「おまえたちは、なにしに きたんだ。」

と 言(い)いました。

すると、二(ふた)人(り)は、

「その 横(よこ)に 大(おお)きな 穴(あな)を 二(ふた)つ ほるためさ。」

と 言(い)いました。

「なんのために?」

「そのうち、お父(とう)さんも、お母(かあ)さんも、年(とし)を とって 動(うご)けなくなる。

そしたら、そこに 生(い)きたまま、うめて あげるんだよ。」

夫婦(ふうふ)は、へなへなと 坐(すわ)りこんで しまいました。






出典(しゅってん) パンチャタントラ