一(いち)わんの かゆ

文(ぶん):野呂 昶(のろ さかん)
制作(せいさく):立命館(りつめいかん)大学(だいがく)DAISY研究(けんきゅう)会(かい)



雪(ゆき)を かぶった 高(たか)い 山々(やまやま)が、いく重(え)にも つらなって います。
その 山(やま)の 一(ひと)つの 岩穴(いわあな)で、一人(ひとり)の お坊(ぼう)さんが 修行(しゅぎょう)して いました。

ぼろぼろの 衣(ころも)、のびほうだいに のびた 髪(かみ)、
体(からだ)は 骨(ほね)と 皮(かわ)ばかりに、やせ 細(ほそ)って いました。
三(さん)年(ねん)もの あいだ、草(くさ)や 木(き)の 実(み)だけを 食(た)べものに、座(すわ)り つづけていたのです

「うむ、お釈迦(しゃか)さまに 会(あ)いに でかけよう。
なんだか、呼(よ)んで いらっしゃるような 気(き)が する」
お坊(ぼう)さんは、そう言(い)うと、よろけながら、立(た)ちあがりました。

それから、谷川(たにがわ)へ 下(お)りていって、
体(からだ)を あらい、ひげと 頭(あたま)の 髪(かみ)を そりました。
すると、山(やま)ざるの ように 見(み)えていた すがたが、
りんと 引(ひ)きしまった、目(め)の すずしい お坊(ぼう)さんの すがたに かわりました。


お坊(ぼう)さんの 名(な)は、カショウ。お釈迦(しゃか)さまの 第(だい)一(いち)の 弟子(でし)と いわれる 人(ひと)でした。
山(やま)を こえ、谷(たに)を わたり、野(の)に 出(で)ると、
お釈迦(しゃか)さまが いらっしゃる 祇園(ぎおん)精舎(しょうじゃ)への 道(みち)を、まっすぐに 歩(ある)きつづけました。

十(とお)日(か)ばかり 歩(ある)くと、やっと、めざした 精舎(しょうじゃ)に たどり着(つ)きました。
ところが、あたりは、しーんと しずまりかえり、
人(ひと)の すがたは 見(み)あたりません。

やっと 見(み)つけた おじいさんに 聞(き)くと、
お釈迦(しゃか)さまと、お弟子(でし)たちは、ギョクドク長者(ちょうじゃ)に 招(まね)かれて、
食事(しょくじ)に 出(で)かけられている ということ でした。

カショウは、お釈迦(しゃか)さまに、早(はや)く 会(あ)いたくて たまりません。
とても つかれて いましたが、
そのあとを 追(お)いかけるように、長者(ちょうじゃ)の 家(いえ)に むかいました。
やっとのことで、門(もん)の ところまで 着(つ)くと、
門番(もんばん)に 中(なか)に 入(い)れて くれるよう、たのみました。

ところが、どうしても 中(なか)へ とおしては くれません。
カショウが、がっかりして 肩(かた)を 落(お)としていると、
一人(ひとり)の 老婆(ろうば)が 近(ちか)よって きました。

体(からだ)じゅう、むらさき色(いろ)に はれあがり、
あちこち、うみが出(で)て、むっと、くさい においが していました。

「お坊(ぼう)さま、わたしは、このように 体(からだ)の くさる 病気(びょうき)に かかっていますが、
それは 今(いま)まで 一度(いちど)も お坊(ぼう)さまに ”ほどこし”を したことが ないからだと 言(い)われています。
ここに さきほどの 人(ひと)から もらった、かゆが あるのですが、
これを あなたに ”ほどこし”させて いただけないでしょうか。
わたしの ように、きたない 者(もの)では、だめでしょうか。」

カショウは、やさしい 目(め)で 老婆(ろうば)を 見(み)ると、
「いやいや、よろこんで いただきます。これに 入(い)れてください。」
はちを、さし出(だ)しました。

「受(う)けていただけますか。なんと ありがたい。」
老婆(ろうば)が 自分(じぶん)の はちから、かゆを うつしたとき、
顔(かお)から うみが 流(なが)れでて、ぽとんと、かゆの 中(なか)に 落(お)ちました。

それでも、カショウは、
「ありがとう。いただきます。」
と言(い)うと、うれしそうに、かゆを ごくごく 飲(の)みました。

老婆(ろうば)は、顔(かお)じゅう 涙(なみだ)で いっぱいに しながら
「ありがとうございました。
こんな きたない 者(もの)の ”ほどこし”を、よく お受(う)け くださいました。」
と 言(い)いました。

カショウは、にこやかに
「いや、心(こころ)のこもった ”ほどこし”ほど、ありがたいものは ありません。
ありがとうございました。
この門(もん)に 入(はい)れなかった おかげで、あなたに お会(あ)いできた。
こんな うれしいことは ありません」
と 言(い)いました。

そして、
(お釈迦(しゃか)さまが、お呼(よ)びになった 用事(ようじ)は、このこと だったのだ)
と 思(おも)いました。





出典(しゅってん) 根本説一切有部(こんぽんせつ いっさいうぶ)