紙(かみ)くずのたとえ

文(ぶん):野呂(のろ) 昶(さかん)

制作(せいさく):立命館(りつめいかん)大学(だいがく)DAISY研究(けんきゅう)会(かい)




あつい 夏(なつ)の 日(ひ)が、じりじり 照(て)りつけて いました。
遠(とお)くで ひばりの 鳴(な)き声(ごえ)が していました。
いちめんに 水(すい)田(でん)が 広(ひろ)がっています。

その中(なか)の 一(いっ)本(ぽん)道(みち)を、お釈(しゃ)迦(か)さまが アナンを つれて、歩(ある)いておられました。
道(みち)ばたに 蛙(かえる)が 死(し)んでいました。
「ああ、かわいそうに。」
お釈(しゃ)迦(か)さまは、立(た)ち止(と)まって、手(て)を 合(あ)わされました。
アナンも いっしょに 手(て)を 合(あ)わせながら、ふと 思(おも)いついて 言(い)いました。


「お釈(しゃ)迦(か)さま、世(よ)の中(なか)では、よく 悪(あく)魔(ま)、悪(あく)魔(ま)と 言(い)いますが、悪(あく)魔(ま)は ほんとうに いるのでしょうか?」
「それは、いると 思(おも)えば いるし、いないと 思(おも)えば、いないだろうね。」
「そんな 答(こた)えでは 困(こま)ります。
世(よ)の 中(なか)の 人(ひと)は、みんな、悪(あく)魔(ま)は、黒(くろ)い 体(からだ)をして、頭(あたま)には 二(に)本(ほん)の つのが はえていると 言(い)っています。
人(ひと)を だましたり、人(ひと)を 殺(ころ)したりするのは、悪(あく)魔(ま)が 人(ひと)に のりうつって、させるのだと・・・。」
アナンは、せっかちに 言(い)いました。

お釈(しゃ)迦(か)さまは、それには こたえずに 歩(ある)いて おられましたが、
ふと 立(た)ちどまって、道(みち)ばたの 紙(かみ)くずを ひろわれました。
「アナンよ。この においを かいでごらん。」
「ああ、いい においが しています。香(こう)水(すい)の においですね」
「そうだね。 それは、紙(かみ)くず そのものの においだろうか?」
「いいえ、紙(かみ)に 香(こう)水(すい)が ついて、におっているのです。」

しばらく いくと、道(みち)ばたに、縄(なわ)の 切(き)れはしが、落(お)ちていました。
「アナンよ、その においを かいでごらん。」
「牛(うし)の ふんの においが します。」
アナンは、顔(かお)を しかめて 言(い)いました。
「その においは、縄(なわ) そのものの においだろうか?」
「いいえ、縄(なわ)に 牛(うし)の ふんが こびりついて、におって いるのです。」
「そうだね。さっきの 紙(かみ)くずも、この 縄(なわ)ぎれも、もともとは、そのような においでは なかった。
それと 同(おな)じように、人(ひと)の 心(こころ)も、もともとは、よくも わるくも ない。
ただ、悪(わる)い 心(こころ)の 人(ひと)と まじわっていると、いつの まにか、悪(わる)い 心(こころ)になり、
よい人(ひと)と まじわっていると、いつの まにか、よい心(こころ)に なっている。
さっき、おまえが 言(い)った、悪(あく)魔(ま)も そうだ。
悪(わる)い心(こころ)の はたらきが、悪(あく)魔(ま)を つくり出(だ)しているので、悪(あく)魔(ま)が 悪(わる)い心(こころ)を つくり出(だ)している のではない。
もともと、悪魔(あくま)というものは、この世(よ)には いないのだよ。」

空(そら)に 白(しろ)い 雲(くも)が 浮(う)かんでいました。
遠(とお)くに 雪(ゆき)を かぶった ヒマラヤの 山々(やまやま)の 峰(みね)が 見(み)えています。


道(みち)の むこうから、牛車(ぎゅうしゃ)を ひいた 農民(のうみん)が、通(とお)りかかりました。
「おはようございます。」
お釈迦(しゃか)さまが、にこやかに、あいさつの 声(こえ)を かけられました。
「おはようございます。」
農民(のうみん)が 頭(あたま)を さげて、こたえました。
アナンも あわてて、
「おはようございます。」
と、言(い)いました。

その 声(こえ)が、すずしい 風(かぜ)のように、あたりの 空気(くうき)を さわやかに しました。




出典(しゅってん) 法(ほっ)句(く)警喩経(ひゆきょう)