消(き)えないともしび


文(ぶん): 野呂(のろ) 昶(さかん)
制作(せいさく):立命館(りつめいかん)大学(だいがく)DAISY研究(けんきゅう)会(かい)

ある村(むら)に 一人(ひとり)の おばあさんが 住(す)んで いました。

その日(ひ)の くらしにも、困(こま)る 貧(まず)しさで したが、いつも やさしい ほほえみを、うかべて いました。

おばあさんの 家(いえ)には、よく 村人(むらびと)が やって きました。

べつに 用事(ようじ)が あるわけでは ありませんが、
おばあさんと、いっしょに いると、

いつしか 心(こころ)が あたたまり、おだやかな 気持(きも)ちに なるからでした。

おばあさんには、はたらき者(もの)の 夫(おっと)と、二人(ふたり)の 息子(むすこ)が いました。

ところが、二年前(にねんまえ) この村(むら)を おそった おそろしい はやり病(やまい)の ために、

あいついで 亡(な)くして しまいました。

でも、おばあさんは、その悲(かな)しみに だまって たえ、

やさしい ほほえみを たやした ことは ありませんでした。

それだけに、村人(むらびと)たちは、口々(くちぐち)に 言(い)いました。

「こんな いい人(ひと)に、どうして つぎつぎ 不幸(ふこう)が おそうのだろう 神(かみ)も 仏(ほとけ)も あるものか。」

それを 聞(き)くと、おばあさんは、
「いいえ、そんなことは ありません。

わたしには わかりませんが、きっと、わたしたちには、大(おお)きな 用事(ようじ)が あるのです。」
と 言(い)いました。

ある時(とき)、この村(むら)を 仏(ほとけ)さまが お通(とお)りに なると いう 話(はなし)が 伝(つた)わって きました。

おばあさんは、よろこんで、ありったけの お金(かね)を はたいて、油(あぶら)を 買(か)いました。

小(ちい)さな 器(うつわ) 一(いっ)ぱいだけ でしたが、大切(たいせつ)に しまって 持(も)っていました。

いよいよ、仏(ほとけ)さまが やってこられると、おばあさんは、それを さし上(あ)げて 言(い)いました。

「こんなに 少(すこ)しの 油(あぶら)で 申(もう)しわけありません。どうか お受(う)け取(と)り ください。」

仏(ほとけ)さまは、両手(りょうて)を 合(あ)わせ、深々(ふかぶか)と おじきを されると、言(い)われました。

「ありがとう。お堂(どう)の ともしびとして、大切(たいせつ)に 使(つか)わせて いただきます」

仏(ほとけ)さまの お堂(どう)には、たくさんの ともしびが、ともって いました。

王(おう)さまからの もの、ごう族(ぞく)や ゆたかな 商人(しょうにん)たちからの ものが、

ずらりと 並(なら)んで、まばゆいほどに かがやいて いました。

仏(ほとけ)さまは、その中(なか)に おばあさんから もらった 油(あぶら)の器(うつわ)を おき、火(ひ)を ともされました。


小(ちい)さな ともしびが、ひっそりと ともりました。

その夜(よる)、あらしが おそいかかりました。

風(かぜ)は、ゴーゴーと うなり、木(き)は 悲鳴(ひめい)を あげ、お堂(どう)は ギシギシ きしみました。

すきま風(かぜ)が お堂(どう)を ふきぬけ、ともしびは、つぎつぎ 消(き)えて、

やがて、すべて 消(き)えて しまいました。



いや、お堂(どう)の かたすみで、ただ 一(ひと)つ、もえつづけている ともしびが ありました。

不思議(ふしぎ)にも、その ともしびは、ふきぬける あらしに ゆれもせず、

じっと ともりつづけ、あたりを てらしていました。

おばあさんの ともしびでした。




出典(しゅってん) 阿闍世王授決経(あじゃせおうじゅけつきょう)