文:野呂 昶
制作:立命館大学DAISY研究会

深い 森の 中で、二人の お坊さんが 修行していました。
お釈迦様の お説きになった 教えに したがいながら、一歩でも 半歩でも、
お釈迦さまに 近づきたいと 願っていました。
一人は 三十才ばかり、もう一人は 五十才を すぎていました。
あるとき、若い方の お坊さんが 言いました。
「わたしたちは、こうして、この 森の 中で 十年も 修行しているが、
まだ 一度も お釈迦さまに お会いしたことが ない。
一度で いいから、なんとか お会いしたいものだ。」
すると、年を とった お坊さんも、
「うん、わしも そう思っていた ところだ。
聞けば、お釈迦さまは、今、コーサラ国の 祇園精舎に おられるそうだ。
ここからは、ずいぶん 遠いが、五十日も あれば、たどり 着けるだろう。」
と、言いました。
そこで 二人は、さっそく 出かけることに しました。
山を こえ、川を わたり、野を 横ぎり、真夏の 太陽の もと、来る 日も 来る 日も、歩きつづけました。
お金は もとより ありません。
人家を みつけては、食べ物を こい、わずかな 食べ物で、うえを しのぎました。
ある時は、一日じゅう 食べものに、ありつけないことも ありました。
もっとも 苦しかったのは、ある 草原に まよいこみ、
二日の 間、食べものも、ひとしずくの 水も、口に できなかったこと でした。
やっと 人家に たどり 着いた 二人は、三日ばかりは 起きあがることが できませんでした。
もともと、やせていた 体は、骨と 皮ばかりに やせ 細って しまっていました。
「もう 少しで お釈迦さまに 会えると いうのに、わしは、もう 一歩も 歩けない、
すまないが、お前一人で お会いして きてくれ。
わしは、ここで 帰りを まつことに する。」
若い 方の お坊さんは、しかたなく、一人で 旅を つづけました。
やっと 祇園精舎に たどり 着いた お坊さんは、お釈迦さまに お会いして、今までの ことを 話しました。
お釈迦さまは、お坊さんの 手を 取って、ご自分が 座っておられた、すぐ となりの 席に 座を すすめ、言われました。
「それは 遠い ところから、ご苦労さまでした。
だが、なにも わたしの この 年とった 体を 見るために、命がけで ここまで やってくることは なかった。
それよりも、わたしの 説いた 教えを よく 学んでほしい。
その 教えの 中に こそ、けっして なくなることの ない 体が ある。
命あるものは、かならず 亡くなる。
わたしも、その うち、亡くなっていく。
これからは、亡くなっていくものを、よりどころと せず、わたしの 教えを よりどころに、修行しなさい。」
お釈迦さまは、すんだ 目で、じっと お坊さんを 見つめました。
お坊さんは、清らかで あたたかいものが、心の 中 いっぱいに、広がっていくのを 感じました。
そして、
(お釈迦さまは、この ように おっしゃるけれど、苦しい 旅を して、ここまで 来て よかった。
わたしの この 思いを、一刻も 早く、友の お坊さんに 伝えて あげよう。)
と 思いました。
祇園精舎の 森には、真夏の 木もれ日が 金色に かがやいて、地面に ゆらいでいました。
出典:根本説一切有部