文:野呂 昶
制作:立命館大学DAISY研究会
山 また 山の 旅を つづけ、やっと 平地に たどり 着いたと 思ったら、
五百人の 隊商は、深い 草原に まよいこんで しまいました。
頭より 高い 草原が、どこまでも つづいています。
少しでも 近道を しようと、草原の 道を えらんだのが まちがいでした。
「この あたりには、ライオンや 虎が うようよ いる。
日が くれるまでに、ぬけ出さないと、大変な ことに なるぞ。」
隊商の頭が 大声で 言いました。
ところが、行けば 行くほど、草原は 深くなるばかりでした。

商人たちは、朝早くから 旅を つづけ、つかれきっていました。
それでも 気を ふるい 起こして、歩き つづけました。
西の 山が かっと 赤くなり、やがて 日は しずんで いきました。
あたりは、まっ暗に なりました。
前を 歩く 人の すがたも 見えません。
「おーい、みんな、ばらばらに なるな。手を つなげ。」
隊商の 頭が どなりました。
でも、草を かき分けて 歩いている うちに、いつとは なく、手は はなれ、ばらばらに なって しまいました。
遠くから ライオンの うなり声が、聞こえて きました。
みんなは、青くなって ふるえ 出しました。
「こんな ところで 死ぬのは いやだ。
せっかく 長い くるしい 旅を つづけて きたのに。
ああ、どうしたら いいんだ。だれか 助けてくれ!」
ちょうど その時、そこから 少し はなれた 丘の 上で、一人の お坊さんが 修行していました。
お坊さんは、商人たちの 声を 聞くと、立ち 上がって、どなりました。
「左の 道を 行っては いかんぞ。
右へ 右へ 歩いて、こっちに きなさい。
左へ 行くと、おそろしい 底なし 沼に 入りこむぞ!」
商人たちは、その声に、はっとして 立ちどまりました。
そして、大声で 言いました。
「右って、どっちだ。左って、どっちだ。こっちって、どっちだ。」
暗やみの 中では、どちらが どちらか、わからなかったのです。

すると、お坊さんの声が、返ってきました。
「そのまま、じっと しておれ。
今から たいまつを たくから、それに 向って、右へ 右へ 歩いてこい。」
お坊さんは、自分の 着ている 衣に、油を そそぎ 火を つけました。
衣は もえ上がり、一本の たいまつに なりました。
五百人の 隊商たちは、われ 先に 丘に かけ上って きました。
そして、そこで、ぼうぼうと もえている お坊さんを 見ると、びっくりして 火を 消そうと しました。
「消しては いかん。一人 のこらず、丘に のぼって くるまでは。」
お坊さんは 言いました。

「はい、おかげで みんな 助かりました。どうか 消させてください。」
商人たちは、急いで 火を 消しました。
ところが、火を 消した とたん、お坊さんの 姿は、暗やみの 中に とけこんで、見えなくなりました。
「お坊さま!」「お坊さま!」
商人たちは、呼びました。
お坊さんは、自分たちの ために、大やけどを しているはずです。
いくら 呼んでも、声が ない ことが わかると、商人たちは、地面に 座って、
見えない お坊さんに 向って、手を 合わせました。
そして、だれとは なく 言いました。
「あの方は、いったい だれだったのだろう。とうとい 仏さまでは なかったのか。」
出典 大宝積経