桶(おけ)に落(お)ちた蜂(はち)


物語(ものがたり)・挿絵提供(さしえていきょう) NPO法人(ほうじん) 京都(きょうと)の文化(ぶんか)を映像(えいぞう)で記録(きろく)する会(かい)

Rits DAISYが、 原作(げんさく)に 手(て)を加(くわ)え、 やさしい 日本語(にほんご)で 書(か)き換(か)えました。


昔々(むかしむかし)、 京都(きょうと)の 高尾(たかお)の 神護(じんご)寺(じ)に 一人(ひとり)の 小僧(こぞう)さん(子(こ)どものお坊(ぼう)さん) がいました。

小僧(こぞう)さんは とても 勉強熱心(べんきょうねっしん)で、 朝(あさ)から 晩(ばん)まで 寝(ね)る間(ま)を 惜(お)しんで 勉強(べんきょう)していました。


ある日(ひ)、 いつものように 小僧(こぞう)さんが 勉強(べんきょう)していると、 なにやら 遠(とお)くの方(ほう)から、 ざわざわした 声(こえ)が 聞(き)こえてきました。

そして、 その声(こえ)は どんどん 近(ちか)づいてきて、 どんどん 大(おお)きくなります。


「ちょーさや、 よーさ! ちょーさや、 よーさ!」

「おーい! 気(き)を付(つ)けて運(はこ)べよー!」

「はいよ~! ちょーさや、 よーさ! ちょーさや、 よーさ!」


小僧(こぞう)さんは 我慢(がまん)して 本(ほん)を 読(よ)んでいましたが、 もう限界(げんかい)がきたようです。

「あぁぁぁ! うるさい!」

本(ほん)を 急(いそ)いで 伏(ふ)せると、 窓(まど)の 方(ほう)に 駆(か)け寄(よ)りました。

小僧(こぞう)さんが 外(そと)を 見(み)ると、 大勢(おおぜい)の 大工(だいく)さんが やって来(き)て、 沢山(たくさん)の 丸太(まるた)が 運(はこ)び込(こ)まれていました。


「えっ!?」

小僧(こぞう)さんは、 新(あたら)しく お寺(てら)が 建(た)てられることを 知(し)りませんでした。


「よ~し、 じゃあはじめるぞ!」

「おう!」


大勢(おおぜい)の 大工(だいく)さんが 元気(げんき)のいい 返事(へんじ)を すると、 一斉(いっせい)に 作業(さぎょう)が はじまりました。


コーン、 コーン、 コーン。

カーン、 カーン、 カーン。

ギーコ、 ギーコ、 ギーコ。


「お~い、 気(き)を付(つ)けろよ~!」

「こっちだ、 こっち!」

「もう少(すこ)し左(ひだり)、 左(ひだり)!」


杭(くい)を 打(う)つ音(おと)、 木(き)を 削(けず)る音(おと)、大工(だいく)さんの 大(おお)きな 声(こえ)が 高尾(たかお)の 山々(やまやま)に 響(ひび)きます。


「これじゃあ 勉強(べんきょう) できないじゃないか!」

怒(おこ)った 小僧(こぞう)さんは、 沢山(たくさん)の 本(ほん)を 持(も)って 裏(うら)の 山奥(やまおく)に 入(はい)り、人(ひと)の 来(こ)ないところで 一人(ひとり) 勉強(べんきょう)することにしました。


しかし、 しばらくすると、

グゥ~・・・。

小僧(こぞう)さんの お腹(なか)が 大(おお)きく 鳴(な)りました。


怒(おこ)って 山(やま)の 中(なか)に 入(はい)って 来(き)たので、 食(た)べ物(もの)を 持(も)ってくるのを 忘(わす)れてしまったのです。

「う~ん・・・

お腹(なか)が 減(へ)っては なんとやら。

 一度戻(いちどもど)るか・・・。」


小僧(こぞう)さんが お寺(てら)に 戻(もど)ってきたとき、 大工(だいく)さんたちは、 まだ、 作業(さぎょう)の 真(ま)っ最中(さいちゅう)でした。

木陰(こかげ)の 机(つくえ)の上(うえ)には、 大工(だいく)さんのために、 お坊(ぼう)さんが 作(つく)った おにぎりが たくさん おいてありました。


「しめしめ・・・。」

  小僧(こぞう)さんは その おにぎりを パクパクと 五(いつ)つほど、 ペロリと 食(た)べてしまうと、 また 山(やま)に 戻(もど)って行(い)きました。  
 

こんなことが 続(つづ)いた ある日(ひ)、 小僧(こぞう)さんは いつものように お昼(ひる)になると、 おにぎりを 盗(ぬす)み食(ぐ)いするために 山(やま)から 下(お)りてきました。


「いっただっきま~す!」

小僧(こぞう)さんが おにぎりを 食(た)べようとしたとき、

「こら!」


なんと 年上(としうえ)の お坊(ぼう)さんに 見(み)つかってしまいました。

小僧(こぞう)さんは 慌(あわ)てて 逃(に)げ出(だ)しました。


「こら! 待(ま)たんか!」

「ごめんなさい~。」


小僧(こぞう)さんは 情(なさ)けない声(こえ)を 出(だ)しながら 逃(に)げ回(まわ)りましたが、 すぐに 捕(つか)まってしまいました。


「お前(まえ)か! おにぎりを盗(ぬす)んでいたのは!」

年上(としうえ)の お坊(ぼう)さんが 小僧(こぞう)さんを 懲(こ)らしめようとしたとき、

「まぁ、 待(ま)て、 待(ま)て。」

神護寺(じんごじ)の 一番(いちばん)偉(えら)い お坊(ぼう)さんが やって来(き)ました。


「いきなり 手(て)を 上(あ)げることもない。

この子(こ)の 話(はなし)も 聞(き)いてやれ。」

「ですが・・・。」

「まぁ、 よい。

 おい、 小僧(こぞう)、 どうして 盗(ぬす)み食(ぐ)いなどした。」

「はい・・・。

 大工仕事(だいくしごと)の 音(おと)が うるさくて 勉強(べんきょう) できないので、 山(やま)の 奥(おく)で 勉強(べんきょう)していました。

お腹(なか)が とても すいたので、 大工(だいく)さんの おにぎりを つい 食(た)べてしました。」

「ふむ・・・。

じゃが、 いくら 勉強(べんきょう)の ためとはいえ、 盗(ぬす)みは 良(よ)くない。

違(ちが)うか。」

「はい・・・。」

小僧(こぞう)さんは 弱々(よわよわ)しく 返事(へんじ)を すると、 急(きゅう)に そわそわ しだしました。


「どうした?」

「いや・・・、 あの・・・。」

「こら! 僧正(そうじょう)さまのお話(はなし)はちゃんと聞(き)かんか!」

年上(としうえ)の お坊(ぼう)さんが 怒(おこ)りました。


「ち、違(ちが)うんです・・・。

本堂(ほんどう)の 横(よこ)にある 大(おお)きな 桶(おけ)に、 今(いま)、 蜂(はち)が 一匹落(いっぴきお)ちて 苦(くる)しんでいます。

早(はや)く 助(たす)けてやらねばと思(おも)い・・・。」

「バカなことを言(い)うな!」

「まぁまぁ。

 小僧(こぞう)、 本当(ほんとう)か?」

「はい・・・。」


小僧(こぞう)さんが 真剣(しんけん)な 目(め)で 見(み)つめるので、 年上(としうえ)の 坊(ぼう)さんは 桶(おけ)の ところへ 行(い)ってみました。

すると どうでしょう。

本当(ほんとう)に、 一匹(いっぴき)の 蜂(はち)が 水(みず)の上(うえ)に 浮(う)かんで 苦(くる)しんでいました。

お坊(ぼう)さんたちは、 この 小僧(こぞう)さんの 優(すぐ)れた 観察力(かんさつりょく)と やさしい 心(こころ)に 驚(おどろ)き、 それからは 以前(いぜん)にも 増(ま)して 小僧(こぞう)さんに 熱心(ねっしん)に 勉強(べんきょう)を 教(おし)えるようになりました。

この小僧(こぞう)さんこそ、 後(のち)に 高山寺(こうざんじ)の 住職(じゅうしょく)になった高辨上人(こうべんしょうにん)の 幼(おさな)い時(とき)の 姿(すがた)です。

おしまい。

ことばの説明(せつめい)

神護寺(じんごじ) : 京都市(きょうとし)の 北西(ほくせい)に 位置(いち)する 高雄山(たかおさん)にある お寺(てら)。 紅葉(こうよう)の 名所(めいしょ)として 有名(ゆうめい)。

小僧(こぞう) : 修行中(しゅぎょうちゅう)の 子(こ)どもの お坊(ぼう)さんの こと。

僧正(そうじょう) : お坊(ぼう)さんの 高位(こうい)の位(くらい)の こと。

            他(ほか)の お坊(ぼう)さんや 尼(あま)さんを まとめる 立場(たちば)にある お坊(ぼう)さんの こと。

高山寺(こうざんじ) : 京都市(きょうとし) 右京区(うきょうく)、栂尾山(とがのおさん)にある お寺(てら)。

        栄西(えいさい)が 日本(にほん)で初(はじ)めて 茶(ちゃ)を植(う)えた 場所(ばしょ)として 有名(ゆうめい)。 1994年(ねん)に 世界文化遺産(せかいぶんかいさん)に 登録(とうろく)された。

上人(しょうにん) : 偉(えら)い お坊(ぼう)さんの 呼(よ)び名(な)。

高辯(こうべん) : 明恵(みょうえ)のこと。 その死後(しご)に 与(あた)えられた 名前(なまえ)が、高辯(こうべん)。

            栂尾山(とがのおさん)に 高山寺(こうざんじ)を 開(ひら)いた 有名(ゆうめい)な お坊(ぼう)さん。