親(おや)の恩(おん)

文(ぶん):野呂(のろ) 昶(さかん)
制作(せいさく):立命館(りつめいかん)大学(だいがく)DAISY研究(けんきゅう)会(かい)



朝(あさ)の 雑木林(ぞうきばやし)は、しーんと しずかでした。
ときどき 風(かぜ)が、木(こ)の葉(は)を ふるわせて、吹(ふ)きぬけて いきました。
つい さっきまで、五(ご)百(ひゃく)人(にん)の お坊(ぼう)さんたちは、お釈迦(しゃか)さまの 話(はなし)を 聞(き)いていました。
深(ふか)い 感動(かんどう)が、まだ 林(はやし)の中(なか)いったいに のこっていました。

お釈迦(しゃか)さまは、急(きゅう)に なにかを 思(おも)いつかれたようで、そばの アナンに 言(い)われました。
「今(いま)から すぐ、王(おう)舎(しゃ)城(じょう)へ 行(い)かなくては ならない。
朝(あさ)の ごはんが まだ のこっていた はずだが、あれを つつんで、わたしと いっしょに 来(き)てくれ。」
「はい、わかりました。」
アナンは、急(いそ)いで 炊事(すいじ)場(ば)へ 出(で)かけて いきました。

王(おう)舎(しゃ)城(じょう)の 町(まち)の はずれに、一(いっ)軒(けん)の 農家(のうか)が ありました。
その はなれに、今(いま)にも こわれそうな 小屋(こや)が 建(た)って いました。
お釈迦(しゃか)さまは、戸(と)を 開(あ)けると、
「おはようございます。ちょっと、おじゃましますよ。」
と 中(なか)に 入(はい)って いかれました。

むっと くさい においが しました。
そこには、年(とし)よりの 夫婦(ふうふ)が、そまつな ふとんに くるまって、寝(ね)ていました。

二(ふた)人(り)とも 病気(びょうき)で 起(お)き上(あが)ることが できず、小便(しょうべん)も 大便(だいべん)も たれ流(なが)しの ままでした。
「かわいそうに。バケツに 水(みず)を くんで きてくれ。体(からだ)を きれいに ふいてあげよう。
それに 部屋(へや)の そうじも しよう。」
二(ふた)人(り)は、さっそく、そうじに かかりました。

やがて、夫婦(ふうふ)の 体(からだ)も 部屋(へや)も、見(み)ちがえるほど きれいに なりました。
それから、アナンから 食(た)べものを もらうと、夫婦(ふうふ)は 泣(な)きながら、手(て)を ふるわせて 食(た)べました。
その時(とき)、急(きゅう)に 戸口(とぐち)に、いかつい 顔(かお)の 男(おとこ)が あらわれました、

「だれだ。おまえたちは?」
目(め)を ギョロリと むくと、
「わしは、こんな 老(お)いぼれなど、早(はや)く 死(し)んで しまえば よい、と 思(おも)っているんだ。
いらん ことを せず、帰(かえ)ってくれ!」
と、どなりました。
「なんと いうことを 言(い)う。この 方(かた)は、お釈迦(しゃか)さまだぞ。」
アナンが 言(い)いました。
「お釈迦(しゃか)さまだろうと、なん だろうと、勝手(かって)なことは しないでくれ。」
お釈迦(しゃか)さまは、男(おとこ)に 深(ふか)く 頭(あたま)を 下(さ)げると、
「それは 申(もう)しわけないことを しました。」
と 言(い)われました。

「でも、わたしの 話(はなし)も 聞(き)いてください。あなたにも 赤(あか)ちゃんの 時(とき)が ありました。
その時(とき)、大小(だいしょう)便(べん)を おむつに、たれ流(なが)して いましたね。
それを お母(かあ)さんは、きたないとも 思(おも)わず、洗(あら)って 新(あたら)しい おむつと、とりかえて くださった。
おなかが すくと、お乳(ちち)を たっぷり 飲(の)ませてくださった。
お母(かあ)さんは、自分(じぶん)が 食(た)べなくても、あなたには、おなか いっぱい 食(た)べさせた。
それらの ことを、しっかり 思(おも)い出(だ)してください。
やがて、あなたも 年(とし)をとり、老人(ろうじん)に なります。
その時(とき)、あなたの 子(こ)どもから、今(いま)、ご両親(りょうしん)に していることと、
同(おな)じ あつかいを うけないためにも、どうか 目(め)を さまして、ご両親(りょうしん)を 大切(たいせつ)にして あげてください。
わたしは、あなたに このことを 伝(つた)えるために、やってきたのです。」

男(おとこ)は、じっと 聞(き)いていましたが、やがて、ひざまずき、涙(なみだ)を はらはら 流(なが)して 言(い)いました。

「ありがとうございました。今(いま)、やっと 目(め)が さめました。
お釈迦(しゃか)さまが おっしゃるように 両親(りょうしん)を たいせつにします。」



出典(しゅってん) ジャータカ