文:野呂 昶
制作:立命館大学DAISY研究会
ある山の ふもとに、小さな 村が ありました。
村はずれに、白い 土かべに かこまれた 一軒の 家が ありました。
家の 中から 少女の 織る 機の 音が、かすかに 聞こえて いました。

その時、急に、あらあらしい 馬の ひずめの 音が して、
おおぜいの 山賊たちが、やってきました。
山賊たちは、家の戸をたたいて、
「開けろ!」「開けろ!」
と、どなりました。
その おそろしい 声に、少女の 両親は、どうして いいのか わからず、
青くなって ふるえていました。
少女は、ゆっくりと 立ち上がると、
「今 お開けします。」
と いって 土間に 下りました。
戸が 開くと、山賊たちは、どかどかと 家の 中に 入ってきました。
頭らしい ひげもじゃの 男は、
「のどが かわいた。なにを さておき 水だ。水を 飲ませろ。」
と、どなりました。
「はい、すぐ くんできます。」
少女は、台所へ 行くと、大きな 茶わんに 水を 入れて 持ってきました。
ところが、それを すぐには 山賊には わたさず、茶わんの 中を じっと 見つめていました。
「何を しているのだ。早くわたせ!」
山賊の 頭は、どなりました。
「はい、ちょっと 待ってください。今、水を 見ているのです。」

「水を 見て どう するのだ?」
「はい、水の 中に ゴミや 毛が 入っていては、失礼に なりますから。」
「なんだと?!」
山賊の 頭は、びっくりした ような 顔で 言いました。
「わしたちは、山賊だ。この 村を あらしに やってきたのだ。
金や もの ばかりでなく、はむかう やつは、命も うばうつもりだ。
そんな ものに、どうして、そんなことを するのだ。」
「いいえ・・・」
少女は、すんだ 目で じっと、山賊の 頭を ながめて 言いました。
「わたしは、あなた方が、何を なさる人か 知りません。
ただ、わたしの つとめは、今、きれいな 水を さし上げることです。
きれいな 水を さし上げて、よろこんで いただくことです。」
山賊の 頭は、少女から 茶わんを 受け取ると、ひと息に 飲みました。
「ああ、うまかった。
それに しても、おまえは、なんと やさしい 気持ちの 持ち主だ。
死んだ わしの妹のような 気がするわい。」

「妹さまが おられたのですか?」
山賊の 頭は、しばらく、じっと 少女を ながめていましたが、
「おい、者ども!引き上げるぞ!」
と、どなりました。
そして、戸口の ところまで 行くと、ふり返って、
「元気に くらせよ。その やさしい 気持ちを わすれずにな。」
と 言いました。
少女は、だまって うなずきました。
山賊たちは、やってきた 時とは、うって かわって、しずかに 出ていきました。
それから後、山賊たちの 姿は、この あたりから、すっかり 消えました。
出典根本説一切有部