宝物(たからもの)のねうち

文(ぶん):野呂(のろ) 昶(さかん)
制作(せいさく):立命館(りつめいかん)大学(だいがく)DAISY研究(けんきゅう)会(かい)

男(おとこ)は 無人(むじん)島(とう)で、たった 一人(ひとり)で、一(いち)年(ねん)あまりも くらしていました。
髪(かみ)の 毛(け)も ひげも、のびほうだい。毎日(まいにち)海(うみ)に もぐって、アコヤ貝(がい)を とっていました。
アコヤ貝(がい)の 中(なか)には、百(ひゃく)に 一(ひと)つぐらいの 割合(わりあい)で、真珠(しんじゅ)が 入(はい)っているのです。
その真珠(しんじゅ)を とるために、来(く)る 日(ひ)も 来(く)る 日(ひ)も、海(うみ)に もぐっていました。
食(た)べものは、海草(かいそう)と 貝(かい)だけで、体(からだ)は がりがりに やせていました。
それでも、大金持(おおがねも)ちに なりたい 一心(いっしん)で、こうして 無人(むじん)島(とう)に やってきたのです。

海(うみ)の 底(そこ)には、人(ひと)喰(く)いタコや、海(うみ)へびが 住(す)んでいて、いく度(たび)、命(いのち)を うばわれそうに なったか 知(し)れません。
やがて、二(に)年(ねん)が たち、三(さん)年(ねん)が たちました、男(おとこ)の ふくろの 中(なか)には、ずっしりと 真珠(しんじゅ)が 入(はい)っていました。
「これだけ あれば、もう いいだろう。」
男(おとこ)は、生(う)まれた 村(むら)に 帰(かえ)ることに しました。
小(ちい)さな 丸木(まるき)舟(ぶね)に 乗(の)り、陸(りく)へ 向(む)かって こぎつづけました。
とちゅう 海賊(かいぞく)に 会(あ)えば、真珠(しんじゅ)どころか、命(いのち)さえ うばわれかねません。
昼(ひる)は 島(しま)かげに、身(み)を ひそめ、夜(よる)に なって 舟(ふね)を こぎました。
男(おとこ)は、やっと 陸(りく)に 着(つ)きました。
それから 今度(こんど)は、大(おお)きな 山(やま)ばかりを、三(みっ)つ こえなければ なりません。
つかれと、うえの ため、男(おとこ)の 体(からだ)は、さらに やせ、骨(ほね)と 皮(かわ)ばかりに なっていました。
それでも、重(おも)い ふくろを かつぎ、山(やま)の 中(なか)へ 入(はい)って いきました。
山(やま)には 山賊(さんぞく)が 住(す)んでいます。
もし 出会(であ)えば 真珠(しんじゅ)の ふくろは、取(と)り上(あ)げられて しまうでしょう。
そのため 道(みち)を さけて、見(み)つからない よう、木(こ)かげから 木(こ)かげへ、体(からだ)を ひそめて 歩(ある)きつづけました。
とちゅう、おそろしい 虎(とら)や狼(おおかみ)と 出会(であ)ったことも ありました。
それを なんとか やりすごし、やっとの ことで、ふるさとの 村(むら)に たどり着(つ)きました。
男(おとこ)は、持(も)って 帰(かえ)った 真珠(しんじゅ)の 半分(はんぶん)を 売(う)ると、村(むら)一(いち)番(ばん)の 大金持(おおがねも)ちに なりました。

さっそく、大(おお)きな 家(いえ)を 建(た)て、お嫁(よめ)さんを もらいました。やがて、二(ふた)人(り)の 男(おとこ)の 子(こ)が 生(う)まれました。
男(おとこ)の 子(こ)が 五(ご)歳(さい)と 六(ろく)歳(さい)に なった ある日(ひ)の こと。
二(ふた)人(り)は 庭先(にわさき)で、ぴかぴか 光(ひか)るものを 投(な)げ合(あ)って 遊(あそ)んでいました。
見(み)ると、それは 男(おとこ)が 苦労(くろう)を 重(かさ)ねて 持(も)ち帰(かえ)った、大切(たいせつ)な 真珠(しんじゅ)でした。
びっくりして、やめさせようと、かけ出(だ)したとき、男(おとこ)の 子(こ)たちの 話(はな)し声(ごえ)が 聞(き)こえてきました。
「これは いったい 何(なん)だろうね。
おまえのは、どこに あった?」
「倉(くら)の かめの 中(なか)に あったよ。兄(にい)さんのは?」
「ああ、倉(くら)の たなの 上(うえ)だよ。皮(かわ)ぶくろの 中(なか)に あった。」
「こんなもの、なんで しまって おくのだろう? 石(いし)の ほうが もっと きれいなのに!」
「うん、小(ちい)さいけれど 投(な)げっこには いいね。そら なげるよ。」
男(おとこ)は、それを 聞(き)くと、腰(こし)が ぬけそうに なりましたが、あわてて 気(き)を 取(と)り直(なお)しました。
そして、ちょうど そこへ やってきた、お嫁(よめ)さんに 言(い)いました。
「見(み)ろ! わしが 命(いのち)がけで とってきた 真珠(しんじゅ)を、投(な)げ合(あ)って 遊(あそ)んでいる。
子(こ)どもたちに とっては、どうやら、真珠(しんじゅ)も 石(いし)も 同(おな)じ ねうちらしい。
世(よ)の 中(なか)の 宝物(たからもの)と いうものは、あんがい、そういうものかも 知(し)れないなあ。」
「でも、早(はや)く 取(と)り上(あ)げなくては。」
「まあ、しばらく 遊(あそ)ばせておこう!」




出典(しゅってん) 法(ほっ)句譬(く)喩(ひゆ)経(きょう)