天(てん)の音(おん)楽(がく)

文(ぶん):野(の)呂(ろ) 昶(さかん)

制作(せいさく):立命館(りつめいかん)大(だい)学(がく)DAISY研究会(けんきゅうかい)

ある村(むら)に、カポータという 若者(わかもの)が 住(す)んでいました。

家(いえ)は 貧(まず)しくて、そのうえ 体(からだ)が 弱(よわ)く、やせ細(ほそ)って いました。

それでも、この村(むら)に お釈迦(しゃか)さまが おみえになると、

まっさきに 出(で)かけて いって、話(はなし)を 聞(き)きました。

ある時(とき)、カポータは、海(うみ)ぞいの 道(みち)を 歩(ある)きながら 思(おも)いました。

(お釈迦(しゃか)さまは、いつも、人(ひと)の 役(やく)に 立(た)つ 行(おこな)いを しなさい、とおっしゃるけれど、

わたしは 貧(まず)しくて、お金(かね)や 物(もの)を ほどこすことが できない。

体(からだ)が 弱(よわ)くて、人(ひと)の ために 働(はたら)くことも できない。

なさけないなあ。わたしの ような 者(もの)でも、なにか 役立(やくだ)つことが あるんだろうか。)

山道(やまみち)の 下(した)は、崖(がけ)に なっていて、磯(いそ)の 上(うえ)を 波(なみ)が あらっていました。

カポータは、道(みち)に 座(すわ)りこんで、青(あお)く すんだ海(うみ)を ながめていました。

岩(いわ)の あいだを、たくさんの 魚(さかな)たちが、楽(たの)しそうに 泳(およ)いでいます。

カポータは、思(おも)わず、ため息(いき)を ついて 言(い)いました。

「魚(さかな)たちは、いいなあ、なんの 苦(くる)しみも なく、毎日(まいにち) あんなに 楽(たの)しく くらせて。」

ところが、カポータは、きゅうに けわしい顔(かお)に なり、目(め)を こらしました。

よく 見(み)ると、大(おお)きな 魚(さかな)は、小(ちい)さな 魚(さかな)を 追(お)いかけて、つぎつぎ 飲(の)みこんでいるのです。

楽(たの)しそうに 見(み)えたのは、まちがいで、小(ちい)さな 魚(さかな)たちは、逃(に)げまどって いたのです。

「ああ、なんという ことだ。」

カポータは、小(ちい)さな 魚(さかな)たちが、かわいそうで ならなくなりました。

こうして 見(み)ている あいだも、つぎつぎ 食(た)べられていきました。

(強(つよ)い 者(もの)が 弱(よわ)い 者(もの)を、えじきに する、魚(さかな)たちも 人間(にんげん)と 同(おな)じではないか。
なんとか しなければ・・・。どうしよう?わたしには、いったい なにが できると いうのだ?)

カポータは、なやみました。

「そうだ!そう するしかない!」

カポータは、決心(けっしん)しました。

(長(なが)い あいだ、わたしは、なんの 役(やく)にも たたない 人間(にんげん)だと、なやんできたが、

やっと 役(やく)に たつことが 見(み)つかった。

わたしの 体(からだ)を 魚(さかな)たちに、ささげる ことにしよう。

そう すれば、大(おお)きな 魚(さかな)が、わたしの 体(からだ)を 食(た)べている あいだだけでも、

小(ちい)さな 魚(さかな)たちは、食(た)べられずに すむ。

どうせ わたしは、長(なが)く 生(い)きられない 体(からだ)だ、

わたしの 命(いのち)が、魚(さかな)たちに 役(やく)だつなら、こんな うれしいことは ない。)

そう 思(おも)うと、カポータは、着物(きもの)を ぬぎすてて まっさかさまに、海(うみ)に とびこみました。

カポータは 死(し)にました。

死(し)んだ 体(からだ)に、みるみる 大(おお)きな 魚(さかな)たちが 集(あつ)まって きました。

やがて、海(うみ)の 底(そこ)に、白(しろ)い 骨(ほね)だけが のこされました。

海(うみ)は なにごとも なかったように、青(あお)く すみ、

大(おお)きな 魚(さかな)たちは、どこかへ 姿(すがた)を 消(け)しました。

そして、白(しろ)い 骨(ほね)の まわりを、小(ちい)さい 魚(さかな)たちが、楽(たの)しそうに 泳(およ)ぎはじめました。

カポータは、死(し)ぬと すぐ、大(おお)きな 海(うみ)へびに 生(う)まれ かわりました。

海(うみ)へびに なった カポータは、広(ひろ)い 海(うみ)の 中(なか)で、なに 不自由(ふじゆう)なく くらしていました。

体(からだ)は 日(ひ)ましに 大(おお)きくなり、やがて、二十(にじゅう)メートルを こえる 大(おお)へびに なりました。


ある時(とき)の こと、魚(さかな)たちの 話(はなし)から、

海(うみ)べの 村(むら)に、たいへんな ききんが、おそっていることを 知(し)りました。

一年(いちねん)あまりも 雨(あめ)が 降(ふ)らず、野菜(やさい)も 米(こめ)も、草(くさ)も 木(き)も かれはてて、食(た)べるものが ありません。

人々(ひとびと)は、骨(ほね)と 皮(かわ)ばかりに やせ細(ほそ)って、うえ死(じ)にする 人(ひと)が、日(ひ)ましに 増(ふ)えていると いうことでした。

それを 聞(き)くと、カポータは、じっと しては いられなくなりました。

「よし、そう しよう。そうするほか ない!」

あることを、しっかりと 心(こころ)の 中(なか)で きめると、海(うみ)べの 村(むら)に 近(ちか)づいて いきました。

遠(とお)くに 村(むら)が 見(み)えると、にわかに スピードを あげて、泳(およ)ぎはじめました。

波(なみ)しぶきが あがり、海(うみ)は さかまき、ゴーゴーと 音(おと)さえ しました。

いきおいに のった カポータは、その 体(からだ)を 砂浜(すなはま)に 大(おお)きく のりあげました。

それを 見(み)た ひとたちは、よろよろと、よろけながら、

よろこびの 声(こえ)を あげて、集(あつ)まって きました。

手(て)に 刀(かたな)や 包丁(ほうちょう)を 持(も)って、カポータの 体(からだ)を 切(き)りきざみ はじめました。

「ああ、うまい。うまい。」

人々(ひとびと)は、血(ち)の したたる 肉(にく)を、むさぼるように 食(た)べました。

村人(むらびと)たちは、入(い)れかわり、やってきて 食(た)べましたが、

大(おお)きな カポータの 体(からだ)は、ほんの 少(すこ)し へったに すぎませんでした。

人々(ひとびと)は、あくる日(ひ)も、また あくる日(ひ)も やってきて、肉(にく)を 食(た)べました。

その おかげで、だんだん 元気(げんき)に なってきました。

カポータは、体(からだ)を 切(き)りきざまれる 痛(いた)さを、ひっ死(し)で こらえて いました。

暑(あつ)い 太陽(たいよう)の 光(ひかり)が ギラギラと てりつけ、その苦(くる)しみは、たとえようが ありません。

気(き)が 遠(とお)く なりそうなのを 頭(あたま)を ふって こらえながら、生(い)きつづけました。

村人(むらびと)たちの 命(いのち)を すくう ために、カポータは、けっして 死(し)んでは ならないのでした、

死(し)ねば、かんかんでりの 太陽(たいよう)の もと、体(からだ)は すぐ、くさって しまいます。

人々(ひとびと)は、くる日(ひ)も くる日(ひ)も やってきて、カポータを 食(た)べました。

やがて 一(いっ)か月(げつ)が たち、二(に)か月(げつ)が たちました。

あんなに 大(おお)きかった カポータの 体(からだ)も、すっかり 小(ちい)さく なりました。

頭(あたま)だけを のこして、白(しろ)い 骨(ほね)が 長(なが)々(なが)と 浜辺(はまべ)に 横(よこ)たわって いました。

そのころに なり、やっと 雨(あめ)が 降(ふ)りました。

雨(あめ)は 五(いつ)日(か)も 六(むい)日(か)も 降(ふ)りつづき、大(だい)地(ち)に みどりが 姿(すがた)を あらわしはじめました。

やがて、林(はやし)に 生(い)きものの 姿(すがた)が 見(み)えはじめると、

もう カポータを かえりみる 人(ひと)は、だれも いなくなりました。

ある日(ひ)の こと、林(はやし)へ 出(で)かける とちゅう、

一人(ひとり)の 若者(わかもの)が、カポータに 気(き)づき、近(ちか)づいて きました。

そして、カポータが まだ 生(い)きていることを 知(し)ると、頭(あたま)を おので 打(う)ちつけました。

カポータは、やっと 死(し)にました。

その時(とき)、天(てん)から 美(うつく)しい 音(おん)楽(がく)が なりひびき、

カポータの 体(からだ)に、れんげの 花(はな)が 舞(ま)いおりたと、お経(きょう)に 書(か)かれています。



出典(しゅってん) ジャータカ