杖(つえ)がとどくまでの土地(とち)

文(ぶん):野呂(のろ) 昶(さかん)

制作(せいさく):立命館(りつめいかん)大学(だいがく)DAISY研究(けんきゅう)会(かい)






ある ところに、年(とし)を とった 一人(ひとり)の お坊(ぼう)さんが いました。

小(ちい)さな 庵(いおり)に 住(す)み、そまつな 身(み)なりで、いつも 町(まち)や 村(むら)を めぐり歩(ある)き、

仏(ほとけ)さまの 教(おし)えを 説(と)いていました。

病人(びょうにん)に 出会(であ)うと、薬草(やくそう)を 取(と)ってきて 飲(の)ませ、

橋(はし)の ない 川(かわ)には 橋(はし)を かけ、

水(みず)の ない ところには、井戸(いど)を ほり、人々(ひとびと)の ために つくしていました。

ある時(とき)、王(おう)さまは、その お坊(ぼう)さんの うわさ話(ばなし)を 聞(き)くと、

さっそく 王宮(おうきゅう)に よび出(だ)して 言(い)いました。

「聞(き)くところに よると、おまえは、なかなか よい行(おこな)いを している とのことじゃ。

ほうびに、なんなりと 望(のぞ)みの ものを 取(と)らせる。言(い)ってみると よい。」

お坊(ぼう)さんは、しばらく 考(かんが)えていましたが、おそるおそる 言(い)いました。

「ありがとうございます。

それでは、あつかましい お願(ねが)いですが、わたしに 土地(とち)を おあたえいただきたいと ぞんじます。

そして、そこに、たくさんの お坊(ぼう)さんが 修行(しゅぎょう)できる、お寺(てら)を 建(た)てて いただきたいのです。」

「よしよし、聞(き)きとどけてやろう。

おまえが 一日(いちにち)走(はし)りつづけて、行(い)きついた ところまでを、おまえの 土地(とち)にして、

その 上(うえ)に お寺(てら)を 建(た)てることに しよう。」
王(おう)さまが 言(い)いました。

お坊(ぼう)さんは、さっそく じゅんびを して、

あくる朝(あさ)、日(ひ)が のぼるとともに、走(はし)りはじめました。

早(はや)く 走(はし)れば 走(はし)るだけ、自分(じぶん)の 土地(とち)に なるのです。

お坊(ぼう)さんは、走(はし)りに 走(はし)りました。

お昼(ひる)が きても、食事(しょくじ)も とらず 走(はし)りつづけました。

人々(ひとびと)は、その ようすを 見(み)て、

「なんと 欲(よく)ばりな お坊(ぼう)さんだ。

りっぱな お坊(ぼう)さんだと 思(おも)っていたが、欲(よく)に くらむと、こんなにも あさましく なるのか。」

と言(い)って、あきれました。

夕(ゆう)ぐれが 近(ちか)づき、お坊(ぼう)さんは、すっかり つかれきりました。

もう 走(はし)ることが できず、こしを かがめ、はうようにして 歩(ある)いていました。

やがて、もう 一(いっ)歩(ぽ)も 歩(ある)けなくなりました。

それでも 地面(じめん)を ころげたり、はったりして 前(まえ)へ 前(まえ)へと 進(すす)みました。

が、やがて、それも できなく なりました。

すると、お坊(ぼう)さんは、のこった 力(ちから)を ふりしぼって、持(も)っていた 杖(つえ)を 前(まえ)に 投(な)げました。

そして、かすかな 声(こえ)で 言(い)いました。

「この 杖(つえ)の とどいた 所(ところ)までが、わしの 土地(とち)だ。」

そして、そのまま 息(いき)たえて しまいました。

お坊(ぼう)さんの ようすを 見(み)ていた 人々(ひとびと)が、集(あつ)まってきました。

「なんと おろかな お坊(ぼう)さんだ。かわいそうに。」

人々(ひとびと)が ささやく 声(こえ)を 聞(き)いていて、王(おう)さまは 言(い)いました。

「いやいや、そうではない。

お坊(ぼう)さんは、自分(じぶん)の ために 土地(とち)が ほしかったのではない。

仲間(なかま)の お坊(ぼう)さんたちが、修行(しゅぎょう)する 寺(てら)を 建(た)てるための、

広(ひろ)い 土地(とち)が ほしかったのだ。

これも、みんな、お前(まえ)たちの 幸(しあわ)せを 願(ねが)っての ことだ。」

その後(ご)、王(おう)さまは、お坊(ぼう)さんとの 約束(やくそく)どおり、そこに、りっぱな お寺(てら)を 建(た)てました。

そして、この お寺(てら)を 中心(ちゅうしん)に、仏教(ぶっきょう)が さかえ、この国(くに)は、
いつまでも 平和(へいわ)が つづいたと 言(い)うことです。




出典(しゅってん) 大(だい)荘厳(そうごん)論(ろん)経(きょう)